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まるで犬のように

ワンちゃんのために募金してください。
ふざけるなって話だ。

大体、その辺にホームレスの人もいる駅の近くで、
堂々と「ワンちゃん」のためと言い張る事が出来る人間がいる事に驚く。
そしてさらに驚くのは、札が割と入っていた事だ。
果たして、本当に寄付されたのだろうか。
そうだとしたらこれは大変な事ではないのだろうか。

駅の前で大声で「ワンちゃん」のために募金お願いしますと張り上げる姿には、
異常さすら感じられる。
本気で言っているとしたら、正真正銘の、「犬の犬」だ。
それに、ミーハーな奴らが好みそうな、
「被災地で行き場をなくした犬」だそうだから、
なおさら自分としては気分が悪い。
これでいて、行き場をなくしたホームレスの人たちには、
いくら寄付してあげているのだろうか。
彼らはその実情を冷静に見つめてみた事があるのだろうか。
すべての募金が無意味で詐欺だと言いたいわけではないが、
明らかに「人間のためではなく別の動物のための事」であるならば、
募金するのではなく、働く事を考えてほしいと思う。

被災地ビジネス、動物愛護ビジネス等々、自分が嫌いな
「善意」を利用したビジネスは山ほどある。
東南アジアの子供達のため、と言って、
募金のおかげで大富豪になった奴もいるそうじゃないか。
あげくの果てに、カタコトの日本語で、
変なカードを見せられて、募金してください、と言う奴らもいる。

善人のフリをして募金してもらう。
これが仕事になるのならば、
親から説教されて泣きながら土下座してお金を貰っている自分を
ニートと言って貶す事は決して許されないだろう。
というより、自分が許さない。

いつまで続くかわからないし、きっと3ヶ月程度で限界であろう、
パラサイト生活を、おびえながら自分は今過ごしている。
(最近では自分の母親からのニックネームは、
ろくでなし、ヒル、パラサイト等散々なものばかりだ)

自分が恵まれてきただとか、ここまで母親が何とかしてくれたのをありがたいと思えだとか、
意見は色々とあるのだろうが、
「ワンちゃん」のために募金している奴らを見るたびにいつも思う。

「皓瑛ちゃん」のために募金お願いします。と。

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