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味方はどこだ

先月家賃滞納してから母親からはいつも説教されている。
同居している以上は金は出してもらえるけれど、
それも自分が泣きながら土下座しているからだ。
会社としての登記も同時にしているから、
安易に移動するわけにもいかない。

気楽に金の心配がない中で実家住みでアートに浸っている人を見ると、
その余裕さに苛立ちすら覚えている。
こっちはもう金の心配ばかりして外出すらままならない。

この間会った人は、自分で描いた絵や撮った写真を見せてくれた。
30歳だが、実家暮らしで余裕もあるらしい。
そのアートを金にはしていないとともに、
金の話は嫌いだとまで言い出した。

こっちだって金の話をしたくてしているわけではないけれど、
しなくてはならない状態にあるわけだ。

常に金、金、という母親。

金さえあれば自由が掴める、今ならハッキリとそうわかる。
愛だって金があれば一時的には買えるはずだ。

そんな世の中にある自分自身を嘆くばかりだ。
人間たちは皆、静かな戦争の中を、まるで平和かのように、
互いに殺し合い、裏切り、武器を手にして権力を得ようとしている。
優しさはどこにもない。
あるとしたら、自分自身の保身のために、
利用しようと思う一心において、そう見せかけているだけだろう。

でも、確かに、もし自分自身の保身が愛のためにあるのならば、
それは素晴らしい事なのだろう。

でもとりあえず自分が今思っている事はと言えば、
散々無駄に塾に通わせたりしてきた熱心そうな母親が、
散々愚痴りながら申し訳程度の殴りや首絞めをして、
テレビのリモコンでそれなりの強さで殴り、
ストレス解消している事だ。
家賃を出す以外に決して自分にとって得な要素は何一つない。

正直な話、死ねばいいと思うし、それで金がくるとしたら喜ぶようなものだ。

早く金に不自由なく、こうして面倒な母親との縁を切って、
充実した生活をしていきたいなと思っている。

詩・随筆