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人生が「幸福」か「不幸」かに関わらず、その最期には「不幸」になる。

 子供は選択肢を与えられないまま、親に無理矢理この世に誕生させられる。

 そして、「獲得した幸福」や「死ぬこと自体」にのみ価値基準を置くことがなく、「死ぬ」ことを個人が認識できるものだと仮定すれば、その後の人生が「幸福」であろうと「不幸」であろうと、最終的に「死ぬ」ときには「不幸」になると考えられる。

 もし「幸福」な人生であったとすれば、「死ぬ」ときにその「幸福」を失うこと自体が「不幸」である。「幸福」であればあるほど、その時の「不幸」の度合いは大きいだろう。

 また、もし「不幸」な人生であったとすれば、「死ぬ」ことはその「不幸」から逃れるための一つの策となるが、その場合も「死ぬ」ことは「幸福」なことではない。「生きていく不幸」よりも「死ぬ不幸」の方がマシだというだけである。

論説・評論