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「どうしてうちの子が」と嘆く親の愚かさ

 自分の子供が不運な出来事に見舞われた際に、「どうしてうちの子が」などと嘆く親がいるわけであるが、彼らは全くもって愚かである。子供がどう育つか、どう生きていくか、どう死ぬかなどは、親が予想したところで全く無意味な妄想でしかない。どんな大人もかつては子供だったのだから、様々な人間がいることなど、生きていればわかって当然であろう。

 にも関わらず、多くの親は何故か、育て方さえ間違うことがなければ、自分の子供はある程度自分の思い通りに育つだろうと考えているようである。彼らはあまりに短絡的であろう。自分が正しいと思っていることが子供に悪影響を及ぼす可能性があることも、交通事故に遭うかもしれないことも、誰かに殺されるかもしれないことも、あるいは、酷いいじめに遭ったり、多額の借金を背負わされたりして自殺するかもしれないことも、全く考えられていない。「うちの子」に限っては、そうした事態が起こるわけがないと信じて生きている。

 しかし、多くの人に起こることではないとしても、現実的にこの世界で起こり続けていることであれば、「うちの子」がそうならないとは限らない。そうした事情があるのだから、子供を誕生させるということは、あらゆる災難を想定した上で、それでも親の勝手な都合で子供を強制的にこの世に誕生させるという行為に他ならないのである。

 何か望ましくないことが起こった後で「どうしてうちの子が」と不幸を嘆き、被害者を気取ったり周りのせいにしたりしたところで、そもそも自分が誕生させたがゆえにそうした事態が起こったのだという根本的な原因を見過ごして責任逃れをしていることにしかならないのである。

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