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「反知性主義」について

 今の日本において「反知性主義」が蔓延しているということについては、おそらくその通りだろう。しかしながら、多くの場合において「知識」と「知性」が混同されているように思う。

 雰囲気、絆、気分、気合いなどを重んじる一方で、自分の頭で物事を考えようとしないのだとすれば、それは「反知性主義」という言葉が適しているように思うが、「知性」ではなく「知識」を軽んじるような姿勢については「反知識主義」と言うのが適切だろう。

 「知識」があるからと言って「知性」があるとは限らず、その逆もあり得るのである。知識自慢をするばかりで、それを知らなかった人達に対して分かりやすく説明することなく、相手を「反知性主義」者だと決めつければ解決すると思っている人達などは、全くもって的外れだということである。

 さらに言えば、「知識」はあるが自分の頭で物事を考えようとしない人達は「反知性主義」者であると言えるだろう。「知識」をあまり持ち合わせていない人によってもはや完全に論破されながらも、苦し紛れに相手を「反知性主義」者だと決めつけるような人達などはまさしくそうであろう。

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