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日本の野球応援について – 鳴り物応援、応援歌の問題

日本の野球応援、つまり野球における「日本式応援」について特徴的なものは、鳴り物応援と応援歌である。(タオル回しやウェーブ、特定の選手が打席に入った際のジャンプなども特徴的ではあるが、場面がある程度限られていることを踏まえ、以下では言及しない。ただ、鳴り物応援や応援歌と同様、どれも迷惑行為である。)以下では主に、こうした応援がもたらす問題について言及していく。

純粋に野球観戦する人を妨害している

まず言えることは、こうした応援は純粋に野球を観戦しに来た人の妨害をしているということである。選手の応援をしているからといって、それが演奏であることに変わりはないし、選手の応援歌であるからといって、それが歌であることに変わりはない。 彼らは別に、演奏会に来たわけでも、カラオケ大会に来たわけでもないのである。にも関わらず、こうした関係のない騒ぎに気を取られながら観戦しなければならなくなっている。日本式応援を肯定する人の中には、ツインバットやメガホンを叩きながらも、目だけはしっかりとプレーに集中していればそれで問題ないと考えている人がいる。彼らのような人達であれば、そういった楽しみ方でいいのかもしれない。しかし野球は、打撃音や捕球音、あるいは盗塁や牽制などのような選手間における駆け引きも含めて楽しむことの出来るスポーツである。彼らの応援は明らかに、こうしたものを楽しもうとする、真の野球ファンと言える人達の観戦を妨害しているわけである。

選手のプレーを妨害する行為でもある

選手にとって迷惑な行為であることは、特に守備においては明らかである。まず、野手間での指示や掛け声が聞こえにくくなるため、バント処理やフライを取る際に、誰が捕球するのか判断するのが難しくなる。加えて、打撃音も聞こえにくくなるため、それが詰まっているのか、勢いのある打球なのかが判断しにくくなる。(ボールコースや打者のスイングを参考にすればよく、打球音で判断することはほとんどないという人がいるが、例えば力のある打者が思い切りスイングした場合、打球音での判断が極めて重要になってくる。)結果として、エラーやフィルダースチョイスを招きやすくなるし、ファインプレーの数を減らしてもいるはずである。打撃においても、迷惑であると感じている人が大勢いるというのは想像に難くない。応援を力に変えれば打てるといった根拠のないことを言う人もいるが、それは応援する側だから言える無責任な発言でしかない。演奏や歌が全く気にならないというバッターもいるかもしれないが、気が散ってバッティングに集中できないというバッターもいて当然である。良いバッターであれば応援で気が散って打てなくなるようなことはないといったことを言う人もいるが、それも全くもって根拠のない無責任な発言である。二軍の試合では良い結果を残せるが、一軍の試合では全く良い結果を残せないという選手の中には、ピッチャーの質の違いや緊張だけではなく、こうした迷惑な応援が影響している選手もいるかもしれないのである。

なぜこうした応援方法が続いているのか

なぜこうした応援方法が続いているのかということには、何よりもまず、日本人の国民性が関係しているだろう。個人主義が広まっていく中においても、一人で応援するよりも、同じ球団のファンと一緒に応援した方が楽しいと考える人は未だに多く存在している。そして、そうした人達に自分もそれに合わせなければいけないとして、空気を読む人もそれに次々と参加していく。迷惑行為であり、被害者がいるにも関わらず、そういったことは忘れてしまうわけである。加えて、球団からしてみても、迷惑な応援をやめさせれば、ツインバットやメガホンの売上が急激に下がることが予想できるため、今の応援スタイルを禁止することが難しくなっているのではないだろうか。