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恋愛について

「好きだけど別れる」の実態

「好きだけれど別れる」というのは、その相手よりも何かを優先したいということの表明に他ならない。実際には、それなりに好きではあるとしても、自分のやりたいことを優先したいとか、将来を考えると不安であるとか、嫌いな部分があって耐え切れないとか、他に好きな人が出来たといったような、別れるに値すると考える何かしらの理由が含まれている。好きだからという前置きを付けて別れることを正当化する場合には、好きであることよりも優先される何かがあるという事情を隠蔽しているのである。「好きだけれど」というと、聞こえはいいし、素晴らしい考えがあって、相手のためを思っているかのように感じられる人も多いだろう。しかし、いかに自分の優先したいことのために「安全に別れる」かという考えがある。そうでなければ、そもそも「別れる」ということ自体があり得ないのである。行動に気持ちが現れているのだから、それらしい理由を付けたところで、単なる言い訳にしかならないのである。

「会いたいけれど会えない」の不可解さ

恋愛において、「会いたいけれど会えない」といった言説は数多く存在する。状況は多岐に渡っており、片想いの場合もあれば、既に付き合っている場合もある。しかし、いずれの場合も、会えば解決することである。そのため、相手の住所を知っているのであれば、会いに行けばいいわけであるし、相手の住所を知らないのであれば、探し出す努力をするとか、会えるように話を持っていくよう努力をするのがいいだろう。そうした行動を取らないのは、結局のところ、他に優先している何かがあるからである。仕事の都合であったり、精神的なものであったり、理由は様々あるとしても、それらを全て捨てても会いに行くような努力をせず、「会いたいけれど会えない」と言うのは、自分に酔っているだけであるとしか言いようがないのである。