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震災復興支援について-著名人の行動・一般庶民の行動

著名人による売名・イメージアップ戦略

なぜ著名人による復興支援活動がしばしば売名や偽善であると騒がれるのかというと、普段からボランティア活動に取り組んでいる様子がなく、震災という象徴的で人々の注目が集まる出来事にだけ反応するからではないだろうか。震災をネタにして、知名度を上げたり、好感度の向上を図ることによって、次の仕事に繋げようとする狙いが見え透いているというわけである。また、たとえ実際にはそうした意図がなく、自分の影響力を活かして人助けをしようという場合であろうと、結局彼らは一連の行動によって知名度を上げ、好感度の向上を図ることができる。そのように、表面的な行動からは狙いを知ることが出来ないにも関わらず、利益を得ることは事実なのだから、「宣伝目的ではないか」といった声があるのも当然である。それが嫌なのであれば、名前を出さず、匿名で支援活動を行えばいいことである。一般庶民に支援を煽らず、自らが生活を切り詰め、一般庶民が支援する必要のないほどの支援をすればいいことではないだろうか。それをした上で、ようやく一般庶民に対して支援をお願いすればいいだろう。

著名人に影響される短絡的な庶民

著名人による一連の復興支援活動を売名・イメージアップ戦略であると捉える人がいる一方で、多くの庶民は彼らの活動に素直に感動している。しかし、彼らはあまりに短絡的である。たとえその著名人が単純に善意から一連の活動を行っているとしても、その活動によって結局は利益を得ることになる。その上、自らの影響力を行使し、他人を煽動することが出来る権力者である。彼らは庶民とは比べ物にならないほど、地位や富に恵まれる環境にある。こうした背景事情を踏まえた上で著名人の活動を冷静に見つめ直してみれば、彼らを賞賛することがいかに馬鹿げているかがわかるだろう。表面的な活動からは知り得ないことであるが、このように一般庶民が復興支援活動をするのとは全く事情が異なるのである。誰しも、地位や富に恵まれて満足のいく暮らしをしていれば、少しは他人に貢献したくもなるのではないだろうか。

恵まれた環境にある人々による「上から目線」の復興支援

著名人であろうと、一般庶民であろうと、それなりに恵まれた人しか復興支援活動に深く携わることはないだろう。日々の生活に追われて精一杯の人であれば、そのような体力的・精神的な余裕がないからである。そのため、恵まれた環境にある人々が、自分の生活にあまり支障が出ない程度に支援するといったケースが圧倒的多数になるわけである。本当に被災者のために熱心に活動するのならば、被災地に住んだり、自分の生活を極端に切り詰めて支援してもよさそうなものであるが、そうした人は全く見当たらない。確かに彼らは支援をしており、それ自体が悪いこととは言えないかもしれない。しかし、被災者のことを考えることによって、今の自分が幸せであると実感させてくれるからこそ、支援をするのではないだろうか。そのように「上から目線」の支援でしかなく、同じ立ち位置から「復興を目指す」といった姿勢とはかけ離れたものであるように思われるのである。