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生きる意味について

生きる意味というものは存在しない

生きる意味というものは存在しない。それを存在する根拠を持ち出すならば、全て後付けの詭弁にならざるを得ない。なぜなら人間は、親の自己満足によって自ら選ぶことなく、強制的に誕生させられるからである。生きる意味を与えられて生まれたのではなく、単に親が誕生させたから今ここにいるというだけのことである。偶然性や神秘性ないしは何らかの感動体験によって生きる意味があると結論付ける人は多いが、それらは生きる意味とは全く関係がないことである。

「生きる意味」と混同される「人生の目的」

「生きる意味」は存在しないわけであるが、「人生の目的」ならば存在し得る。多くの人は、この「人生の目的」を「生きる意味」であると勘違いしているようである。それでは、これらの違いはどのようなものであるかといえば、生きる意味は、生きること自体の意味、つまりはあらかじめ与えられている性質のものであり、人生の目的は、生まれなければ生じず、生まれたことによって生じる性質のものである。また、生まれなければその目的も存在しないのだから、「人生の目的」は「生きる意味」つまりは生きること自体の意味とは全く異なるものである。

生きる意味を見つけようとする人々について

生きる意味は存在しないのだから、そのようなものを見つけようとするのは無意味である。彼らは生きる意味が存在しないことを知っている数少ない人間であることを誇らしく思えばいいだろう。存在しないものが見つからないからといって苦しむ必要はないし、卑屈になったり、自分を傷つけたりする必要もないのである。どんな人間も、適当に人生の目的を設定して、それが達成されるか否かに関わらず、いずれは死ぬだけである。生きる喜びや生の充実感といったものを感じようが感じまいが、最終的には誰もが同じ運命をたどることに変わりはない。生きる意味にこだわる人々は、そのことを理解していないのではないだろうか。