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お金で買えるもの・買えないもの

この世界において、カネで解決できないことはほとんどない。もしカネで解決できないことがあったとしても、カネが無いことによって解決するのは、カネが無いこと自体がブランドになった場合に限られる。しかし、そうした事例というのは皆無と言ってよいだろう。

重要な論点

これらの事は、おそらく多くの人が何となく理解してはいるだろう。しかし、普段はこうした事実を意識することなく、いかにも「平和的」に生きているのではないだろうか。あえてこうした事実を目の前にすれば、「結局はカネの問題だ」ということを実感してもらえるだろう。

カネと衣食住

まず、カネが無ければ服を買えない。自給自足で生活していない限り、食事も出来ない。住む場所にしても、親族が家を用意してくれないとすれば、家を購入したり、賃料を払い続けなければならない。つまり、衣食住はどれもカネが無くては成立しないのである。誰かが提供してくれる場合に限って、その人間の衣食住は成立するが、結局のところ、その誰かがカネを持っているから成立しているだけのことである。

カネと愛

愛さえあればカネはいらないというのは、全くの綺麗事である。相手が元々金持ちであれば問題ないのかもしれないが、そうでない場合においては、全く一文無しであったとすれば、金持ちと付き合える状況が訪れたときに別れる可能性は極めて高いだろう。カネが無ければ衣食住は覚束ないのだから、愛を維持するためにもカネは必要になってくるのである。
また、カネさえあれば、それを目的として付き合いたい、あるいは結婚したいという人は少なくない。とすれば、それを愛と呼べるかは疑わしいが、表面上は「愛を買える」と言っても間違いではないだろう。キャバクラや風俗店に通うこともカネさえあれば出来るのだから、それも同じような事情である。

カネと命

衣食住における、とりわけ「食」については深刻である。たとえ路上生活をすることになったとしても、何も食べずに生きていくことは出来ない。ゆえに、ボランティア団体の炊き出し等に頼ることが出来なければ、カネが無ければ餓死をすることになる。
また、医療費に莫大な金額が必要になる場合にも、カネさえあれば解決するわけである。カネがなければ決して助からないのだから、命もカネで買えるというのは、場合によっては正しいということになる。カネがあっても命が助からないこともあるが、カネさえあれば助かる命さえも、カネがなければ助からないのである。